読物の部屋その8〜4
★読書録 (16)★     ーーー10/11 徳淵 誠 記

またぞろ昔のことから始める。1976年、(社)自動車工業会パリ事務所技術 アタッシェ2代目が着任した。早稲田理工学系大学院卒の方である。業務引継ぎを休ん で雑談中、初代の小生が彼に質問した。趣味として科学哲学に関心がありますが、その 流れを掴むには何を読んでいればよいでしょうか? 彼の答えは「日経エレクトロニクス」。 それで「日経エレクトロニクス」誌(隔週刊)を定年まで読んだ。定年後日経BP社に 通知して購読を中止した。長期間の購読ありがとうといってもらいたいが反応は なかった。1年は52週、2週間毎に1冊だから520冊あまり読んだことになる。購 読期間中、お目当ての科学哲学関係記事は殆どなし。読み始めた頃は、ヒュウ−レット ・パッカ−ド社のポケコンを2輪ISO会議のUSA代表チェット・ヘ−ル氏に買って 来てもらって(150ドルくらいだった)50ステップの逆ポ−ランド算法のプログラ ムを楽しんだ時代である。この雑誌は当初マグロ−・ヒル社の「エレクトロニクス」誌 の日本版であった。その後、自前の記事が増え、派生(デリバティブ)誌が次々と発刊 されている。

毎号広告が半分位を占めていたが、本文記事はビジネスの文体としてすぐれたテ キストであることは前に書いた。記事中の英文略号(ROM,RAM,ASIC(S),...)が各記事の 終わりに一覧表としてフルスペルで書いてある。内容でいえば時々のトピック(音声の ディジタル符号化理論解説、ハイビジョンテレビジョン方式の解説)、歴史的な解説 (パソコンの心臓部のMPU(マイクロプロセッサ−ユニット)は日本の嶋さんからはじ まった)、規格化の動向などなど。

日経エレクトロニクス誌を読まなくなってから久しい。さみしい気もするが、頻 出する英文略号の度に文末の一覧表を参照する煩に耐えられなくなったので仕方ない。 一般的な英文略号についてもNICSがNIESに変わったあたりから覚えきれなく なったのを自覚した。TIME誌では略号の記事中初出時、必ずといっていいほどフルス ペルを( )内に書いてくれている。日本のマスコミは殆どしない。たまに日本語訳が ついているが何のことかよく分からないことが多い。読者をバカにしてると思いません か?

★読書録 (17)★


読書録といいながら、今回は読まなかった本(あるいは読まなくなった本)の 話。汗牛充棟の昨今、どの本を読み(買い)、どの本を読まないか(買わないか)は重大 関心事の一つとなっている。本は木材パルプとロ−セキ、それに少量のインクやふのり のかたまりであるから、内容だけでなく、重量が気になる。軽いから買っているという わけではないが鉄骨コンクリ−ト造りのアパ−トの我が家でも、つもりつもってくれば チョット気になる。最近は3冊に1冊は買っても読まない(めない?)本が出だした。 前に買いおいた本をまた買ってしまうこともしばしば。これは処分は簡単。喜びそうな 人にあげてしまえばよい。市立図書館が家から100M位のところにあるので、買った が読んでない本の親玉、山海堂版自動車技術全書(全20数巻)をもっていった。寄贈 しますといったら係員がブチブチいっていたがカウンタ−に置いて逃げるように帰って きた。
動力伝達装置の巻は結構丁寧に読みました。面白かったからです。ルイスフロイ スの「日本史」全巻(中央公論社)、情報科学講座全巻(岩波書店)はまだ図書館に 持っていってない。たまに参照するのでCD−ROM時代の今も処分しきれないのが百科 事典2種。ブリタニカ全巻は非常に軽いし、平凡社版の世界大百科事典全巻は重いが自 動車工業会から退任時に頂いたものなので。

定年後本の整理をした。スライド本棚を2本買い増して平積であっちこっち置い てあった本を便利屋を呼んで掃除機でほこりを吸い取って、本棚に並べてもらった。2 人で半日仕事(\50,000.-) 。本棚に収まりきれなかった本200冊弱。古本買い入れま すのビラの人を呼んだら、買って持っていってくれたのは5冊(\500.-)。買入れ人曰く 「お客さんゴミを集めるのが趣味ですか。あとはそちらで適当に処分してください」。

読まなかった本の話でした。読まなかったベストセラ−代表例は小説「ル− ツ」。くろんぼはくろんぼ。黄色人種の小生は関心ない。ポリティカリ インコレクトだぞ と人はいうかもしれない。他にあげれば最近のハンチントンの文明の本。人の世のうつ りかわりは当たり前だのクラッカ−だから、別に金を出して買ってどれどれと読んでみ るつもりも暇もない(最近買って読んで激しく(?)感激して吹聴している人がいたの でいやみを一つ)。グレン・フクシマさんの「文明の終わり」は渡部昇一さんの訳で読 んでます。
困るのがいわゆる通俗小説。ア−サ−・ヘイリ−は早い時期にはまってしまった のでしょうがないが、シドニ−・シェルダンの数々の著作は数年前まで、あんなもの、 フンと思っていた。一冊ひょんな事で読み出したら、とまらないカッパエビセン。「喰 わず(読まない)ぎらい」は損という事は承知の上で、日本の作家の作品も含めて、も う読まない(買わない)ことにしている。でも池波正太郎さんの「鬼平犯科帳」シリ− ズは....?
日本の文学については、なぜか読む作家 漱石、井伏鱒二...、読まない作家  鴎外、志賀直哉...ときまっている。多分学校の国語教科書で頭の中に刷り込まれ たのだろう。現代詩は全然読まない。買うか買わないかの情報源は月並みだがマスコミ の書評欄と広告。ここ数年「出版ダイジェスト」(梓出版)が時々送られてくる。赤旗 日曜版は料理記事は詳しいが幸いなことに書評欄はない(広告は無視)。毎日配達され てくる日本経済新聞、東京新聞と週刊朝日の書評欄と広告をチェックしている。朝日、 毎日、読売各紙の書評欄は市立図書館に行くのが億劫なのでチェックしていない。

★読書録 (18)★


イギリスの料理がまずいというのは定評である。ちなみに、ドイツ料理はその次 くらいにまずい。欧州諸国の車の認証テスト機関を訪問してまわった時、西ドイツの所 長から、次はどこに行くのかと聞かれ、イギリスですと答えると、「あそこは飯がまず いから気を付けろ」と忠告された! 会社の昼休みの雑談中、どこの料理がまずいかと いう話になりイギリス料理はまずいネとワイワイやっていたら、脇で聞いていたイギリ ス駐在から帰ったばかりの小栗(小栗上野介の直系子孫)さんが「ちがいます。すご− くまずいんです。」と言ったので大笑いになった。

いやちがう、おいしいですよと書いているのが林望さんの「イギリスはおいし い」、「イギリスは愉快だ」(平凡社刊)他。個性的な文体でイギリス滞在記を綴ってい るおいしいエッセイ本である。イギリス料理について言えば、スコッチサ−モン(スモ −クド)、ロ−ストビ−フ、朝食のニシンの燻製(キッパ−)、甘さをおさえたショ− トケ−キ(トライフル)など日本人の口に合うものもあるが、林さんが力説している 今、日本でも何故かファショナブルなスコ−ン、ヨ−クシャ プディング、その他なんと か教授のレシピとして紹介されているイギリス料理の数々は林さんが力説すればするほ ど作りたくなくなるし、食いたくもなくなる。ご自身は料理の実作派というよりどちら かというとウンチク派という印象を受けた。

林さんは今文芸春秋誌に大人のための絵本と題する連載「光と影の物語」を書い ている。1999年10月号で22回目。彼の専門は日本古文書誌学とあって、大英博 物館所蔵の日本古文書についてその全文書の解題を作成するためにイギリスに滞在さ れ、そのついでに上に掲げた諸書を書いている。個性的な文体と書いたが、チョッとくさ みがある。学者二世(林達夫の息子さん)で慶応大学で学んだ。大学に残れるよう努力 したが駄目だった。学問の性質からポストの数が少ない。早稲田大学でも教授になるの に苦労されたのがエジプト学の吉村作治先生である。この先生も料理が得意らしい。し かも実作派らしい。本田財団の懇話会でこの先生がエジプト学の話をした。ここで話は 大英博物館に戻る。年来の疑問「ロゼッタスト−ンはナポレオンのエジプト遠征時に発 見されたのだから、ル−ブル美術館に陳列されてしかるべきなのに何故大英博物館に鎮 座ましましているのでしょうか?」をお話を終えた先生にぶつけてみた。吉村先生は即 座にお答え下さった。フランスのナポレオンのエジプト遠征を快く思っていなかったイ ギリスはナポレオンにあまりエジプトをあらすなヨ。ネルソン提督を差し向けるゾと脅 した。
海戦に弱いナポレオンは尻尾をまいて逃げ帰ったので、後に残ったロゼッタスト −ンはイギリスの手に入って大英博物館に陳列されているのです。ただしと先生は付け 加えた。そのあとのロゼッタスト−ンの解読、つまり古代エジプト神聖文字の解読競争 ではフランスが勝っています。その解読はフランス人の手でなされました。なるほど。 その場 で吉村先生の本を買ってサインしてもらったのはミ−ハ−族のベテラン、うちの カミサン。そのサイン本「古代エジプト千一夜」(近代文芸社、\1300)を読んでみたが 内容は勿論面白かったが書き方はごく平板だと思った。

別に早慶戦の話をするのが主題ではない。林先生にはもう少し軽い文体でエッセ イを書き続けてもらいたい。吉村先生には早いとこ盗掘されてないエジプト王の墓を見 つけてもらいたい。

★読書録 (19)★

安本さんの「日本語の誕生」(大修館書店)、橋本治「ハシモト式古典入門」 (ごま書房)、丸谷才一「文章読本」(中央公論社)、井上ひさしさんの「日本語日記」 (文芸春秋社)他日本語本を乱読している。定年後、和光市中央公民館の日本語教師養 成講座に通い出すず−っと前から。アルク社の日本語教師養成通信講座に申し込んで教 材が5-6kg 送られてきたのは10数年前。ベルギ−に駐在してすぐブラッセルの日本大 使館で日本語教えますのボランティア登録をした。5年間応答なし。つまり言いたい事 は前々から日本語について関心があったということ。元ボス氏から「お前の日本語の報 告書は言ってる事がよくわからんが英文で書く手紙はよく分かるんだよナ」と言われた ことも一つの契機となっていることは正直にここに記録しておく。

大野晋さんの「日本語練習帳」(岩波新書、¥660+税)が出たので早速とび ついた。読んでこんちくしょうと思った。学者の怠慢ここに極まれり。証拠物件として 後代まで語りつがれる代物であろう。なぜか? 英文(規範)文法はデンマ−ク人のエ スペルセンの労作でありそれに基づく数々の成書が日本でも出版されていて、日本人で もチョッと教えてもらえば、たどたどしいが達意の英文が書けるようになる。それにく らべて 当時40数年日本語を使ってきた小生は元ボス氏からエヘラエヘラの冷笑を何で 受けねばならなかったのか。ぐやじ−い。書き言葉は何語であれ、意思伝達のすぐれた 手段の一つであり、相手に伝えたいことを明確に表現できるはずである。いや日本語と 英語では本質的に異なっており、日本語では複数形表現や、英語で言えばaとthe を区 別する表現が殆どできないから、論理的文章を綴ることは不可能であるという向きもあ る。がしかし繰り返すが日本語でも論理的な、達意の文章は書けると思う。私が思うと 言っても説得力に欠けるが大野先生がこの本を書いているのである。そのやり方をだれ も(特に文法学者)系統的に教えてくれなかった。今ごろになって、こう書けば明晰な 日本語文章が書けますヨとチョッとだけご開帳というのは許せない。早いとこ、大また 開き(失礼!!)して日本語規範文法の成書を出して戴きたい。くどくどしいが、以上 がなぜか?への回答である。

渡部昇一さんと「カミ」の語源論争をした大野さんなので、あまり肩を持ちたく ないが、志賀直哉の例の一件(日本人はフランス語を使いましょう。確信をもってこん な事を言った人がいるんですヨpp.106-110) に関する彼のコメントについては「読書 録」(7)で触れたので我意を得たりとバンザイを叫びたい。だんだんボルテ−ジがあ がってくるのを押さえるのに苦労している。とにかく、早いとこ日本の(外国人でもいい が)大野さんを含む文法学者は、日本語規範文法書を出して下さい(くどいネ)。

和光市中央公民館の日本語教師養成講座を終了して日本語教科書の講談社インタ ナショナル社刊 Japanese for Busy People I,II,IIIや日本語教授法事典( 大修館) 、 日本語文型表現事典(くろしお出版)、日本語表現文型(凡人社)などを使って日本語 を教えているが結構楽しい。老後の楽しみの一つといっては生徒の皆さんに失礼となる が、毎週土曜日1回2時間、500円をいただいて、終わるとホッとすると共に「では また次回」の言葉がすっと出てくる。生徒の多くは理化学研究所(HGWの前)の博士 の方々である。イギリス、スエ−デン、韓国、中国のPh.D. をもっておられる方々であ る。理研には200人ぐらいの外国人研究者が滞在しているらしい。今日は中国、台湾 のかわいい女性の生徒さんであった。お仕事、ご返事、「お」と「ご」はどう使いわけ ればいいんですかと質問されてマゴマゴ。次回までに調べておきますとスゴスゴ。大野 さん、どこを見ればいいんですか?!

読書録(13)で紹介した井上ひさしさんが基調講演したシンポジュ−ム記録は 「日本語よどこへ行く」と題して岩波書店からつい最近出ている(\1500.+税) 。

★読書録 (20)★


以前一緒にベルギ−に駐在していた人の奥さんから電話があり、息子の宿題で 「定規とコンパスで正五角形を作図しなさい」が出たが助けて下さい。と言われてどれど れと紙と鉛筆を取り出し頭をひねってみた。整数係数の2次方程式の根を作図すればよ いとまで分かったところで根がつきた。勿論簡単に作図する別解があるのであろう。

数学的才能はないくせに(だからこそ?)教科書ではない数学本を読むのが好き である 。
読んだ本の一部を列挙すると;
零の発見              吉田洋一          岩波新書
数学との出会い           L.ゴルディング      岩波書店
数学カ−ニバル           M.ガ−ドナ−       紀伊国屋書店
自然界の右と左(左と右?)     同上            同上
数学の悦楽と罠           ポ−ル・ホフマン      白揚社
ゲ−デル、エッシャ−、バッハ    ダグラス・ホフスタッタ−  同上
π(ギリシャ文字のパイ)の話    野崎昭弘          岩波書店
講談社ブル−バックスの数々の数学本
「ゲ−デル・不完全性定理」 吉永良正著など

エジプト、ギリシャの昔から、人間の頭の中で考えたことを文字、数字、記号で 表出している数学は文学、絵画、音楽に並ぶ壮大な人類の財産であると思う。例えば上 に掲げたリスト最後のゲ−デルは「数学が無矛盾である限り、数学は己の無矛盾性を自 分では証明できない」を証明した。数学は人類の営みを抽象して文字記号に表したもの であるから、この証明されたことを思っていると人間とは何か興味津々で、暇つぶしに 最高、最安価の楽しみです。

ゲ−デルは自分で考案したゲ−デル数を駆使してこの定理を証明した。世の中に は利にさとい人々がいて、このゲ−デル数を用いた暗号システムを発明してもうけてい る人もいる。NHKテレビによると、伊藤京大教授の発見された定理が金亡者ども (ヘッジファンドを動かしている人々)に利用されているという。この定理は岩波全書「確 率論とその応用」国沢清典著の268ペ−ジに伊藤の公式として紹介されている。その 中味は勿論小生にとってはチンプンカンプンであるが、金もうけするにはすぐれた商品 を開発したり、伊藤の公式を用いて秒刻みで金を動かしたり、とにかくやはり頭を使わ ねばならないのだなア。

ごく最近フェルマ−の定理「xのn乗+yのn乗 = zのn乗 は n=3  以上の自然数解がない」が証明された。(詳しい解説本は講談社ブル−バックス「フェ ルマ−の大定理が解けた!」足立恒雄著)。 少数の数学マニアだけが感心していると 思われがちだが、またいつなんどき人間の営みの向上・悪化に応用されるかわからな い。現に日本の得意とする暗号理論はフェルマ−の定理を証明する数学者たちがその道具 として研究していた楕円曲線をベ−スとしているらしい。今週の日本経済新聞紙上にも 谷山・志村の楕円曲線に関する予想がイギルス、フランスの研究チ−ムで証明されたと 報じられていた。

上掲リスト最後から2番目の本「πの話」は畏友重田さんがインタ−ネット上で るる述べている作行会(足ながおじさんの日本版)の終了式に著者の野崎昭弘さんが出 席された折サインしてもらった。

投稿読み物の頁に戻る