読物の部屋その49
★読書録(28)     徳淵 誠

サラリーマン時代を離れて4捨5入10年にもなると、あの時あの人にお世話になった なアとしみじみ思い出すことがある。思い出したら都度連絡を差し上げて、一席もうけ ることにしている。

8月の猛暑の中、このようなご夫妻を赤坂のベルギー料理店にお招きしたことがある。会社勤めの最後の年、酒のセイで危うく首になる所を親身にお説教していただいた方である。お亡くなりになる前にという思いと、ベルギーのナミュールに厳寒の中週末にお連れしたことがあったが、その後お会いするたびにあそこはよかったと云われるのが気にかかっていたのとでお招きした。ちょっと時間があったので書店に入ったら、平積みされていたのが養老猛司著「人間科学」筑摩書房刊(¥1810+税)。「唯脳論」のあとの久し振りの成書である。脳科学だけではないが、脳について自身の考えを述べている。自己言及はアレアレとなることは数学的に厳密に証明されているので、多少ともアレアレと読んでいて思うこともあったが、著者の云っている事の中に、他人の気持ちを分かろうとするのは人の本性であるとある。この夏の猛暑ー猛司ー厳寒フムフムとなったのは牽強付会かもしれない。

そうこうしているうちに「バカの壁」新潮新書¥680がバカ売れしだした。読んでの感想。人の気持ちを逆なでする脳科学の成果をイヤ味なく書いている。イヤ味本の出版でならす新潮社から出ていることは近頃上出来の実話ジョークだろう。あやかり本が多数出ている。その中で、お勧めは角川書店ONEテーマ21の「スルメを見てイカがわかるか!」¥667+税。共著者の茂木健一郎さんの「意識とはなにか」(ちくま新書)は人の感性について詳述している本であるが、日頃イヤ味を云われてこんちくしょうと思っている人々にとって「バカの壁」以上に効き目のある癒し本だと思う。何それ?と今思った方々には特にお勧めしたい。茂木さんはソニー研究所の上級主任研究員、脳科学・認知科学が専門で クオリアの考え方を広めている。彼の薦めでであろう、ソニーは高級機種「クオリア」シリーズを出して商売している。

山の師匠の一人と箱根の山歩きに行く途中、車のカセットテープのスイッチが入った。 古今亭志ん生そっくりの声で、口調で「今の科学は森羅万象のほんの一部の解明をした だけで魂などはあるはずがないと言っている。しかしあるんです。」と力説している。 「さて誰でしょう?」とハンドルを握っている山の師匠からの質問に、口々に「あの人 、この人」と当てずっぽうを言うが当たらない。30センチ位の降雪の中、道無き道を 踏み分け台が岳の頂上で弁当を食い下山した同乗者の一人があとで長い手紙ををくれた 。候補の 30人位の学者、文学者を検証し「あの人は川端康成」と結論していた。ご苦労さん。 勿論、私も「だれだろう、だれだろう」と悶々としていた。「考える人」(新潮社)と いう季刊誌を読んでいたら、茂木さんが「私が毎晩聴いているのは小林秀雄の講演 テープです。」と書いていた。早速、山の師匠にその旨電話したら、「当たりです。そ のテープのコピーを送りましょう。」と10巻ばかりのテープが送られて来た。小林秀 雄と聞いただけで小難しい理屈をこねる人と思っていたので、今まで一冊も買った・読 んだことのない人だが、テープを聴いて認識を新たにさせられた。つまり、今までの科 学がアインシュタインなどの例外を除き、いかに浅薄かを繰り返し説明している。しか して、ご自分で独自の分析手法を披露しているわけでもない。ご老体に酷な言い方です いません。

その茂木さんの近著が「脳と仮想」新潮社刊 ¥1,500税別。季刊誌「考える人」の連載をふくらませて脳科学のある側面を文学的に書いている。うちの猫にかじられて今はないこの本の帯に「あまりに文学的な!」と、さる有名文学者が推薦文を寄せているくらいだ。クオリア、クオリアと先に述べた考えは質感なので数学の力がまだ至らなくて数式化はされていない。私見ではクオリアの考え方は足踏み状況にある脳科学言語系の解明を進展させる重要なアイデアであろう。ソニーともあろう一流の会社がこれを商売に利用しているのは誠に時期尚早、もっての他である。

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