読物の部屋その47
★読書録(26)    徳淵 誠
日本語上級クラスの最終課授業を終了した。使用した教科書は研究社発行の「テーマ別
上級で学ぶ日本語」。日本の大学の授業についていける日本語力をつける1500〜2000語
のテキストが15並んでいる。テーマは
   コロンブスの卵(副題:ものの見方を変えてみる)
   宇宙との出会い(副題:新しい空間を求める).....
と続いている。各テーマに沿った聴解問題テープも付いている。大学センター入試の国
語の問題文を想像して貰えばよい。もう少し易しいか。クラスと言っても生徒は2人。
原則は1対1。ロシアとブルガリアから来た理研研究員の奥さんである。先生は課毎に
代わり、タマタマ最終課を担当した。生徒の2人は感想を聞いた訳ではないが、アッケ
ラカンとしていた。ロシア人の方はご主人の転勤で米国ワシントンへ行くという。産業
スパイ?ブルガリア人の方はまだ日本語の勉強を続けたいという。この先どう教えてい
くか先生方があわてる番である。こちらの先生の感想はヤレヤレである。週一回2時間
を2回で1課を終わるので、その準備が大変。類語をさがす、「それ」は何を指すか考
えておく、「〜ともなく」「〜にほかならない」.....の例文を作っておく、大仕事。
広辞苑、英和、和英、漢和の入った電子辞書は手放せない。勿論、これは教室に持って
いく。

テキスト内容については殆ど立ち入らないようにしている。中国人、韓国人の生徒から
歴史論争をふっかけられそうになってアタフタした苦い経験があるが、「ここは日本語
の教室です。歴史の教室ではありません。」と煙幕を張って逃げることができる。

文法・語法となるとそうはいかない。チャンと理論的に(屁理屈をつけてでも)説明で
きなければ先生落第の烙印をもらうことになる。それで日本語の学者先生の本をさがし
ては読んでいる。のは前にも書いたことがある。例の「日本語練習帳」の大野先生の近
著岩波新書「日本語の教室」を読んで、また驚いた。98頁に「現在の学校文法は、そ
れを学んでも日本語の文法の基本が分かるようにはならない。文章を書いたり読んだり
することに、文法が直接役立つことはほとんどない。それが弱点です。」とある。10
9頁には「学校で習う文法はみなさん嫌いです。規則ばかり覚えさせられてちっとも面
白くない。習ったからといって何ということもない。ところが実は、人間一人一人は心
の中で、無意識のうちに、文法的な規則性を誰でも求めているものなんです。」。「日
本語練習帳」を読んだあと「学者の怠慢ここに極まれり!」と絶叫したが、今回は「開
いた口が塞がらない」とつぶやくしかなかった。

アルク社の日本語教師養成通信講座のテキスト24冊のうち「日本語の文法」には3冊
をさいているが、大元が上のようだから、内容がチンプンカンプンとは言わないが、日
本語を学ぶ教養ある外国人に文法を説明するにはどうも物足りない。その原因(理由?
)は大野先生をはじめとする日本語学者が群盲象をなでていたことだと最近思い始めて
いる。そこで見付けたのが、ちくま新書383「日本語文法の謎を解くー「ある」日本
語と「する」英語」(金谷武洋著)。一読、久しぶりに目から鱗が落ちた。

金谷さんは日本の大学を出てすぐカナダのケベックに渡り、言語博士号をとり言語学研
究のかたわらカナダ人に日本語を教えている方。彼が言っていることは明快である。日
本語の文法書は英語文法にとらわれすぎていて、日本語の「象は鼻が長い」の中に主語
が2ツあるのはなぜかと説明に右往左往している。「京都の苔むした庭園にディズニー
ランド風の噴水を作るのは止めた方がいい」(あとがき)といって、日本語に即した文
法を提示している。彼はまた、この本の読者に挑戦的に新しい日本語文法を作ろうでは
ないかと呼びかけている。新しいコンピューターOS(文法)LINUSを試作した北欧の若
者は、ソースコードをインターネットに公開して、みんなでこのOSを完成させましょう
と呼びかけている。現実にジャンジャン改良されている。そこで、金谷さんにもインタ
ーネットで金谷流文法を公開してもらって、寄ってたかって完成させましょうと、彼に
手紙を書こうとしているところです。

このプロジェクトの重要な助っ人として推薦したいのが酒井邦嘉さん、中公新書1647
「言語の脳科学ー脳はどのように言葉を生みだすか」の著者です。さて、デンマークの
エスペルセンが英語の規範文法の古典を作り、大野先生などが、日本語のそれを作ろう
と効率悪く四苦八苦している。各言語を通底する文法があるにちがいないと思わざるを
得ない。アメリカ人、日本人の赤ん坊は自然に英語、日本語を喋るようになる。これは
それぞれ文法も母親から口移しで教わるからであるという考えの学者も沢山いるが、そ
の反証はゴマンとあるらしい。そこで著者は脳はどのように言葉を生みだすかとせっせ
と東京大学大学院総合文化研究科で研究している。その中間報告が本書である。大学の
理学部数学科を出て、理学博士となった後、大学院で生物学・生理学を学んだ著者は「
人間に特有な言語能力は、脳の生得的な性質に由来する」と半世紀にわたって主張して
いるアメリカの言語学者チョムスキーの考えを、脳科学の視点から解明しようとしてい
る。チョムスキーは反戦運動家としても活躍している。いままでの文科系言語研究学者
からは異端とみられていたこともあってか、普通のマスコミからはあまりお呼びがかか
っていないが、著者によれば「20世紀後半の自然科学・人文科学・社会科学のすべて
に影響を与えた人はチョムスキーの他にいない。まさに知の巨人である。」ということ
になる。そこでまたぞろ脳科学の現状に思いを到たすことになり、関連本をあさること
になるが別項とする。


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