読物の部屋その40
★チリ・パタゴニア旅行記その10     飯田 治

おのおの救命胴着を頭からかぶって着せてもらった。「たとえ浮いていられたって、水が冷たくって助からないよねー」みんな思いは同じである。 二隻のゴムボートを使って、それぞれ10人位のお客を乗せて氷壁に出来るだけ近かづく。母船から離れているのは僅か30分だが、結構冒険的な気分で、舷側からゴムボートを見下ろした。 

チリーには大きな氷原が二つある。南緯46度から47度の南にかけて南北約150キロ、東西7〜80キロの「北氷原」と48度線のやや北から、アンデス山脈の背骨を覆って南緯52度近くまで続く「南氷原」である。山々の頂きから谷を覆うように広がり、その触手は低地に向けて伸びている。後日、プエルトモントからプンタレナスまで飛ぶ飛行機から、雲間をぬって垣間見ることが出来たのは南氷原の一部であった。スペイン語でventisquero ヴェンティスケロというのは「雪渓」という意味だが、ここでは、山を削って谷をつくり未だに谷を埋めている氷河のことだ。

あのプユウアピ温泉が面しているサウンド(海峡)はヴェンティスケロと名づけられていた。スペイン人がそう名づけた頃は、私達が歩いて見に行ったコルガンテ氷河が、バスを停めた場所はおろか、はるかこのサウンドまで伸びて探検船の目前に迫っていたに違いない。前置きが長くなったが、今目の前にある氷河は、「北氷原」の北西の肩から南南西、サンラファエル湖に伸びる腕のようなヴェンティスケイロの先端なのである。

黒いゴムボートは小判型のタイヤに底をはったようなもので、氷に触って切れないか心配する女達を乗組員が「大丈夫、6重に貼ってあるから」と言って、踏み台の箱をボートに置いた。救命胴着で着膨れているせいか舷側の梯子をぎこちなくというか、こわごわ降りて乗り移る。空気を入れたタイヤ、つまり舷側と座席が兼用になっている部分に腰を降ろした。他に、ドイツ人が二組計10人に乗組員一人で、静かに母船を離れた。静かな水面に流氷が漂っている。大は高さ5メートル、平屋の家位のものから、畳二畳で高さ1メートル位のものまでさまざまな大きさ、形状である。ときどき船底をなでるような音をさせながら、小さい氷塊をかきわけて進む。水面に出ている氷は九分の一、という説明に「氷山の一角」は本当だな、と思い更にタイタニックまで連想してしまう。

母船からは5メートル程度にしか見えなかった氷壁の高さが、だんだん 高くなり50〜70メートルとの説明に納得する。西からの太陽に照らされて、壁の光と影のオブジェ、神秘的な青さが目にしみる。巾ニキロという氷河の断面を左から右へゆっくりと目で追う。左右の山は、白く岩肌を剥きだした山腹と潅木が生えて黒い上の方との対照に、氷河が消えていった時の新旧がうかがえる。中央の氷の向うは空。灰色の画用紙にところどころ水彩の空色を乗せたような空が無限の背景となっていた。

コーンと乾いた音が響いた。氷壁の小さな一部が剥がれ落ちた。水面に崩れ落ちる氷の煙が見えた。陽に照らされて壁が緩んでいるので、まだあるだろう、と乗組員。ぎざぎざの氷壁に兆候を求めて眼を凝らす。突然、大砲のような凄い音が轟いた。壁の三分の二ほどの高さから、大きな氷塊が煙を上げて水中に飛びこんで行く。次ぎの瞬間、水面が盛り上がって氷塊が飛びあがった。ボートの前に広がる氷群を上下にゆっくり揺すりながら、波高1メートル程の波が近づいてきた。我々のボートも揺れた。

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