読物の部屋その38
★チリ・パタゴニア旅行記その8     飯田 治

テルマス&スパには山の水、海の水それと温泉の3種類のプールがある。温泉は、打たせ湯もある大プールのほか、ジャクジが二ヶ所、熱いが浅い寝転び用プールもあって、朝九時から夜九時まで開いている。昨夜は新着のお客なので、特別に遅くまで開けたのだそうだ。タラソテラピア(ギリシャ語で海の療法)というのがここの売り物で、母なる大洋の恵を使い、療養、美容を施すのだそうだ。海藻を体に塗る療法その他いろいろあって、普通のマッサージもある。家人は早速フェイシャルを申しこんだ。一時間約30ドル。私もプールの後で、塔の三階の望楼窓の付いた明るい部屋でマッサージをやってもらった。30分約20ドル。すっかりリラックスしてしまう。手付かずで残っている大自然に触れ、しかもどこのリゾートにも負けない施設で寛ぐなど、どこかの国では発想すら浮かぶまい。 

午後になって晴れ間が見えてきた。しめた、計算通りだ。目の前のサウンドをランチで渡ると10分ほどで対岸の船着場に着いた。猫の額ほどの空き地に小型バスが待っている。急坂を20メートル位のぼると、舗装のない道路にでた。坂の右手には柵を巡らして小さな建物と円いタンクがあり数人の男が働いていた。鮭の養殖場とのこと。道を海沿いに約20分南に下り、左へ折れて、ケウラット国立公園の入り口を通り、暫く行って止った。後は密林の中のトレイルを歩いて、氷河を見に行く手筈であある。

ダニエル君の後について20人ほどが続く。径はすれ違うのも難しいほど細くぬかるんできつい場所もあった。30分も歩いた頃、突然、径がなくなった。川が干上がったのか、大きな岩だらけの河原のようになっている。ガイドの説明に従って目をむけると、遥か数キロ彼方、切り立った岩壁の上に形成されたV字型の谷の半分を埋めて氷河の端が見えた。コルガンテ氷河である。逆三角形の氷河の断面はなたで叩き折ったようにぎざぎざで、下端から滝が白い筋を灰色の岸壁に刻んでいる。その白と薄青い氷と周囲の山の深い緑のコントラストが印象的であった。

今立っている場所は1950年には氷河の上で、向こう側の山腹の木の 色が河原から四、五十メートルの高さまでは新鮮な緑色、それから上は黒ずんだ古い木の色になっていることでも判る。地球温暖化のせいもあって 氷河の後退は一年で百五十メートルにも達する。1936年には今、バスを止めてきた所まで氷河だった、との説明があった。バスに乗る前に無人の粗末な資料小屋に入った。色あせた写真が展示してあり、1900年頃からの氷河後退の様子を見ることができた。温暖化の証拠を目の前に付きつけられたようで、複雑な思いでバスに乗った。

船着場へ帰る途中、バスが海沿いの道で急に止った。水面に近く、かもめらしい鳥が、何十羽と群れて旋回している。運転士の指先に目をこらすと、あざらしが二頭、多分、つがいだろうが、潜っては魚を咥えて水面に顔を出し、あがらう魚を呑みくだしては、また潜る。代わり番こに獲りに潜る速度の早いこと!しかも、瞬時に顔をだすと、必ず魚を咥えてくる妙技に暫し唖然として見とれていた。かもめはあざらしのおこぼれを狙っているらしく、なかにはチャッカリあざらしの頭にとまるのもいる。まるで、ディスカヴァリー・チャネルの番組を見ているようだった。手付かずの大自然は実に素晴らしい、大満足でランチに乗りホテルを目指した。
夕食前に、三つある海辺の野外温泉プールで一汗かいてこよう。

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