読物の部屋その33
★チリ・パタゴニア旅行記その3     飯田 治

 宿へ帰ると8時半、まだ十分に明るい。南緯40度を越えたこのあたりでは、9時半 ぐらいまで宵闇は訪れない。部屋の窓から眺めると湖面に張り出した桟橋の先のほうで釣り 糸を垂れている人が二、三人いた。同行のS氏は釣り好きで、明日は、一同ジャンキウエ湖 の鮭釣りを体験する予定だ。湖なら鱒ではないのか?と首をかしげる向きもあろうが、 正真正銘の鮭である。S氏も先刻釣り人の釣果を見に行って確認してきた。  

ガイド氏に道々聞いたところでは、川を上ってきた鮭を捕まえ卵を採取し、湖で稚魚になる まで育ててから、海へ運んで、生簀で養殖するのだそうだ。湖に逃げた稚魚がそのまま淡水に 順応して湖に棲んでいるらしい。魚の生態には全く弱いので、正確なところは専門家にお聞き 頂きたい。出荷可能になるのは2.5キロ以上で、この大きさに育つのに天然の鮭は5年位か かるが、養殖では1.5年ぐらいで済むのだそうだ。いずれにせよ、チリーの主要輸出品と なった鮭の養殖用生簀は、この後南部チリーの至る所で見ることになった。

翌朝はどんより曇っていまにも降り出しそう。風も強く湖面が波立っている。それでも 出かけるとガイド氏が七時半には来て待っている。防寒、雨支度をして、ヒュンダイ製のヴァン に乗りこむと、車は湖の西岸を北へ20分ほど走った。片側2車線の高速道路で、国道5号線 で、いわゆるパン・アメリカン道路の一部である。「いい道だねー」と一同感心しているうちに 料金所。四百ペソ(約70円)の通行料を払って一般道へ出たら、なんと50メートルほどで 舗装が無くなった。実に久しぶりに泥の道を走る。すれ違う車のほこりもなぜか懐かしい。  

15分ほどで入り江の浜辺でた。S氏夫妻、M氏夫妻とわれわれに3隻のボートが待っていた。 ニコラウ艇長の船が当家に割り当てられたが、なんと船外機はHONDAの50馬力。こんな ところにも4サイクル・エンジンのホンダ製品が活躍しているのに思わず感激の「オーッ!」が 口をついてでた。ちなみに他の二隻のはマリナーとスズキであった。リール付きの釣り竿はどうやら日本製のようだが、門外漢の私には確たる知識がない。夫婦が 両舷に別れてそれぞれ100メートルぐらいてぐすを繰りだし、ゆっくりとトロールする。餌は 艇長手作りの疑似餌である。

幸い波も静かで、天気も保ちそうだ。あたりが無く場所を、養殖 の生簀の近くまで移してゆっくりと流してゆく。詳細は省いて、S氏と家人がともに3.5キロ の鮭を揚げ、M氏夫妻が船頭氏の家族の食用に中、小物を合わせて10尾ほどの釣果。私は中型 の鱒を含めて4尾ほど揚げたが、死んだ1尾を除いて、家人ともども小さいのは湖に返して やった。すべて船頭がやってくれて、我々はただリールを巻き上げるだけ、これは釣りではな いね、と一日の予定を半日できりあげた。

S氏は、渓流のフライ・フィッシングをイメージしていたようだが、女連れ、急流、支度 などを考え旅行社の方で気をつかって湖の船釣りに変えた、とは帰ってきてから聞いた話である。 チリーの本格的釣りに挑戦なさるなら、女連れはおやめになったほうがよさそうである。とは いえ、その夜、旅行社々長所有のコテージで、釣り上げた鮭を刺身にして、炊き立ての白いご飯 で食べさせてくれたのも連れの女たちであった。持参のわさびと醤油が威力を発揮したことは勿論である。     

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