読物の部屋その31
★チリ・パタゴニア旅行記その1   飯田 治

皆さん、ご無沙汰しています。会長に書き込みの督促を受けてやっとわがラップトップに向かっています。というのも、折角重い思いをして持ち運んでいるのに、同行会員にあるまじき失態、つまり電源用アダプターを忘れてきてしまい、チリーの南部では使い物にならず、サンパウロに帰ってやっと繋げるようになったという事情も「横着さ」に一役買っています。

今回の旅はパタゴニアが主体でした。チリーの南部は、大まかに言って、一番北が火山と温泉の湖水地方、真中がアンデス山塊とフィヨルド、氷原、雨林が密生する地方、さらに南が大草原、独特の山容の峰峰、氷河、などもっともパタゴニア的な地方に分けられます。南緯40度から55度にまたがる南北に長い地域です。マゼランが大西洋から太平洋に抜ける海峡を発見する前にはチリーに属するという意識もなかった未開の地方だけに、地球上最後の自然が残るところと言われています。

20年ぶりに訪れた首都サンチャゴは見違えるほどに高層建築が建ち並び、かっての郊外が市街地に組み込まれていたのはいずこも同じで、ぴかぴかのショッピングセンターもグローバル経済の現実を示すものでした。日本でもてはやされているヒップローズというハーブ茶の一種や青いラピスラズリ石の装飾品などに家人の目が光っていました。街はごみも無くきれいですが、20年前と変わらぬスモッグに、すぐ東に屏風のように立ち広がる三千メートル級のアンデスの山並が霞んでいたのは残念でした。街行く人々は、白人が多く、ラテンアメリカの美人国3C(コスタリカ、コロンビア、チリー)の一つの地位は依然堅持しているようです。

サンチャゴを飛び立ち一時間と少しで、プエルトモントに着陸です。チリーは12の行政地方に分かれていますがここはその10番目、湖水地方の政庁所在地です。空港から30キロほど北に走ると、大きさで南米第3位のジャンキウエ湖の南岸に達します。プエルトヴァラスという名の湖岸のリゾート地です。コロノス・デル・スルというホテルに宿をとりました。部屋の窓からは湖が一望できます。水面の向うに頂きを雲に覆われた大きな山が見えます。晴れるに従いその山容を表わしてきました。五合目まで真っ白な富士山が目に入ってきました。標高2700メートル余りのオソルノ火山(休火山)です。本当に富士山そっくり!南米富士とはこれだったのか、と納得、納得。  

散歩に出た町は、1時から3時までは休みでひっそり。日の長い夏は夜10時までは明るいので、昼はキチンと休まないと・・・。とはいえ、気温は15℃あるかないか、風が吹くと思わず襟を立てたくなるほどの夏です。 メステイソ(白人とインデイオの混血)の人達が多くなりました。広場にクエッカという民族音楽と舞踊を披露する一団がやってきました。

昼休みを終わった町の人びとや、われわれ観光客も集まってきました。白いハンカチを片手で振り振り、片手でスカートをちょっとつまんで、廻りながら踊る女の廻りを、黒い帽子、黒いズボンの男達が踊りながら廻ります。何組もの素朴なカップルが広場に繰り広げるいわば、フォークダンズに観客が手拍子を送ります。のんびりした、午後のひとときでした。

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