読物の部屋その29
★私の秘めたる楽しみ★ーーーーー飯牟礼孝一氏
        「私の秘めたる楽しみ」 ―2000年も英国はクロップサークル大乱舞

 「やーお久し振りですネ」といきなり声を掛けられた。会社の肩書が取れて 自由な旅を願っていたのに、日本からの出張の方々にバッタリ会う羽目になった。 元々、気の向くままにB&B(Bed&Breakfast)でもいいやというつもりであったが、 旅の初日だけは予約した方が安心と、ホンダ工場の近くのスタントンを選んだのがまずかった。会社を辞めたら毎年夏行きたい所は、英国南西部と決めている。 それは、1989年来の恋人がそこに待っているからだ。今年はあの場所にどんなものが待ってくれているのかと胸を膨らませた。更年期障害の回復が待たれる女房を一人日本に残してではあるが、念願の旅であった。

今回は併せて、駐在時代(1988−91)にお世話になった英国人に久し振りに再会することも楽しみだった。Oxfordに家を借りた時の隣人コリンとテッサ、 Worcesterの郊外で大規模な苗木栽培をしている老夫妻ジョンとナンシー、 ウイリアムが生まれて喜んでいる若いジムとアニタ、奥さんを亡くしてEssexの大豪邸で隠居生活しているブライアン。久し振りの遠来の客の私は、皆さんから 大変暖かい歓迎を受けた。「何故Yokoを連れて来なかったか」と非難された。 病名の“menopausal disorder”を事前に辞書で調べてあったので、理解をして もらうには時間は掛からなかった。フォードのフォーカスをヒースロー空港で借りて、懐かしの人々を訪ね、走った距離は8日間で1160マイル(約1800Km) に及んだ。

1.6LでA/C付き。エンジンが始動しているのが判らないほど静かで、高速での加速性は抜群だった。燃比は1Lで9マイル強(15Km)でなかなか優秀だ。さて、今年も英国南西部のWiltshireのクロップサークル(Crop Circle 以下C.C.)は、例年同様に大乱舞だった。直径30m程度の丸い形が多かった。10ケ所くらいのC.C.の現場に踏み入った。今年の目玉は、現地で三次元と呼んでいて立体的に見えるものだが、Windmill Hillという車で近づけない場所だったため、現物を見られず残念だった。

今年の新しいニュースはいくつかあるが、先ずは既に有名なThe Barge Innと いうC.C.の情報センターになっているパブを訪れたことを挙げねばならない。それは、Alton Priorsのホワイトホースを真向かい約1Km先に眺められ、更に英国中に張り巡らされている運河の辺にあって、船着場には船体を緑色などの派手な色で化粧した長さ10mほどの船が数隻見えている。極めつけは、そのホワイトホースの麓に実に美しい円形のC.F.が見えるではないか。この出来すぎた風景を前に、早速パイントラガーを注文して乾杯した。

パブとレストラン部分は建物の手前半分と運河の前の木製テーブル、後側半分に スヌーカー(玉突き)を置いてある部屋があり、C.C.情報センターになっている。 部屋中、目が廻る程のビラまたビラである。新聞を広げた大きさのこの地方の詳細地図が壁に貼られていて、1995年からの発生場所が色別にプロットされていて親切で判りやすい。一生懸命自分の地図に書き写している若いカップルや、カル フォルニヤからきたという腹の出っ張った30台の子供連れ夫婦などと声を交した。 もう一面の壁には、記憶に生々しい歴代の有名なサークルの航空写真が無造作にベタベタと貼ってある。自分で寸法を測定し、余り綺麗でない紙に書いたスケッチを自由に貼ってあるコーナーもある。落ち着いた頃、目を天井に向けてビックリ した。バチカンのシスチィーナ礼拝堂と比べては怒られてしまうが、ストーン ヘンジや1991年発生の有名なBarbury Castleの三角形絵巻が描いてあって、何やら 新興宗教の匂いがする部屋に仕上がっている。

一方、Alton Barnesの西の畑を見下ろし、1999年に発生した長さ1003フィート(約300m)の大スペクタクルを思い出した。今年はナタネ油を採る黄色一色の菜の花が咲き乱れていた。ここにも8月中旬までには、必ず我々を驚かすC.C.が 出現することであろう。  

Aveburyの傍のSilbury Hillの西側の麦畑に1組のカップルのように出現した C.C.の現場視察に出かけようと、パーキングに車を停めたところ、胸に何やら立派なバッジを付けた40代の男がミニバスの方から近づいてきた。「あそこに行けるか」と指差して尋ねた。「あのサークルの中にいるのは私のお客だ。この道を暫く歩くと右に入る口がある。ファーマーに見つかると良い気はしないので注意した方が良い」「ところでどちらから?」「日本から」「先週日本からのお客さんを空からヘリコプターでご案内した。その時の写真がこれだ。メールもあるので次回、団体でも一人でも案内したい。Salisburyに住んでいるので、私の名刺を差し上げる」と言うではないか。何とクロップサークル巡りという新商売が現れた訳だ。更に、1990年ごろBBCにも盛んに出演していた研究者コリン・アンドリュースのことに話が及んだ。「彼はUSAに事務所を持ち、UKへの C.C.ツアーを扱うエージェントをやっており大繁盛している」とのことで、驚きであった。

英国以外からC.C.を見物にくる熱心な研究者は毎年増えているようである。今年 も、フランスとドイツのナンバープレートの車を複数目撃した。Bishops Cannings に10日前に出現したC.C.では、スイスとドイツから来たという若者と言葉を交した。 彼らは長い巻尺を引っ張りながら、一生懸命に画板に実測図を描いていた。 「何故、君たちはC.C.に惹きつけられるのか」と野暮な質問をしてみた。答えは 「何故なら、未だに誰が何の為にどのように作ったかが解明されていないからだ。 また、形にしても一つとして同じモノは無く、形そのものも人間が創造するには 程遠い{奇抜さと神秘性}を持っているからだ」と。自分も全く同じ想いでここ 英国に来ていることに気が付いた。

今回の滞在中に、現地で活躍中の日本人とも何人かにお会いした。アルコールが進むと、いつの間にかC.C.の話になってしまって、写真や地図を広げて最新の情報交換をした。駐在の奥さんの中には未だ見たことが無い人も多いそうだが、 話の種に帰国までに一度現場を見ておいてはどうかと薦めた。女性のフィー リングを以ってすると、どんな印象コメントが聞けるかが楽しみでる。

夏には、 毎年英国に帰って来たい。何故なら、自分の好奇心を刺激してくれ、劣化一方の頭脳に若さを吹き込ませるにはもってこいではないかと信じているからだ。 来年は、同好の士とも一緒に来たいものだ。女房も一緒に連れてこなくちゃ。                
 ―完―

日本海上空で台風3号の影響で時々激しく揺れるANA機上にて、2000年7月8日

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