中国旅行記その2
蘇州の虎丘、無錫の太湖、高速道路
★虎丘★

拙政園を後にして約15分位走った蘇州の西北部の郊外に中国のピサ斜塔と言われる五代の煉瓦作りの「雲岩寺塔」が聳え立っている、ここの一帯は「虎丘」と呼ばれる風致区で、宋代の名詩人蘇東披をして「蘇州に至りて虎丘を遊ばずんば憾事なりけり」と歌わした名園である。

呉中一の名勝とも称され春秋時代の呉王がいぐう(該当漢字が無い)のお墓もある、又岩が切られたような「試剣石」とか千人が生贄となった上に蓋みたいに置かれた「千人石」、「断梁殿」「陸羽井戸」等があるがなんと云っても圧巻は「雲岩寺塔」である、これはピサの斜塔ほど傾斜はしていないがはっきりと判る程傾斜している、以前は登れたらしいが今は保護のため登塔は禁止されている。入口には立派な門があり中国の寺院などの屋根の特徴とも云えるそっくり返って跳ね上がった作りはここでも見られ、又この黄色の彩色はお寺の魔よけの色として全てのお寺に彩色されている。

私達はこの虎丘を後にし、蘇州料理の昼食に一時の休みと腹ごしらえを終えた後次なる目的地「無錫」へ向かって再びバスに乗り込み、歩いた疲れでウトウトとしながら流れ行く車窓の風景を眺めていった。

★無錫の太湖★

 無錫は蘇州から更に西の方に120キロ位行った所にある街で、その珍しい地名は昔「錫」が多量に採取 されたが取れなくなった為付けられたという言い伝えがあり,錫の権力争いで色々な話も残っている街である。 ここの名所はなんと云っても琵琶湖の3倍もあるという「太湖」でここでは有名な淡水産真珠の養殖が 盛んに行われている、又この太湖は一番深い所でも16mと浅いのが特徴である。

 ここで湖面を遊覧する遊覧船に乗り込み約30分位湖面から景色を鑑賞した、この遠くに見える塔 は六花撰という塔だと聞いたが定かでない、この辺は至る所に色々な建物が見られる、 この写真にも遠くに塔が見られます、まだ日はそう落ちてないのに夕暮のようにうす曇で悠々の太湖 というイメージが湧きました。

上で述べた様にこの太湖は淡水産の真珠の養殖が盛んで、矢張り貝の身を使って核として養殖する様です これは真珠を貼り合わせて作った色々な置物で値切れば3〜4千円で買うことが出来ます、一寸珍しい 物ですね、大体一つの真珠貝には8〜10個の真珠が入っている様です。

 無錫では時間の関係もあり太湖のみの観光となったが早めに街に戻り夜は無錫料理と言う事で 期待したが何せツアーの悲しさかそんなに変ってない味覚の中華料理だったけれどサービスで出た 紹興酒と共に味は美味しかった。

★高速道路★

 無錫でのホテルはそんなに良いホテルでは無く中級と言う感じだったがその割に寝心地は良かった、 旅の疲れが快適な眠りへといざなったのかも知れない、中国式の朝粥で眠気を覚ますと私達は最後の 目的地「上海」に向かって高速道路を一路東に向けて走って行った。
 ここで中国の高速道路について話して見よう、中国は急速に道路網を整備しており高速道路も どんどん建設されている、中国は土地は国家の物なので道路を作るのは大変楽だとの事,即ち 立ち退きは何も問題が無いという事情があるようだ。

 高速道路は地方で決めている様だが速度制限は120キロでバスは110キロ トラックは100キロとなっている、でも交通は非常に少ない高速代が矢張り割高なのだと思う、 途中トイレ休憩でサービスエリヤに寄ったが、なんとトイレの場所とお店が 別に離れていてトイレの近くには小さな売店が1つあるだけであった、全てのサービスエリヤが そうではないと思うが珍しい作りである、この小さな売店は格安の土産物を売っていた。
将来を予測してか料金所は非常に立派だった、又面白い事に毎回ゲートが降りて来るのもとても のんびりした風景だった。

 車窓から見える家は説明によると農家だという、殆どが2階〜3階建ての 家で見たところ農家らしくない建物ばかりだった、もっと田舎に行けば違うかも知れないがこの辺の農家は 割と裕福な人達だとの説明があった、この様に南向きで全て同じイメージの家が続いていた。

 上の農家の写真でも判るが空は今一つ綺麗に晴れ上がらない、上海に近づくにつれ空は益々曇って きている様に見えた、聞いてみるとそれはスモッグだというロサンゼルスのスモッグは知っていたが 中国にもあるとは思っても見なかった、この後上海に行き更に酷い状況を見ることが出来た、又 大変面白い珍しい昼食を取る事になったのだった。 


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