中国旅行記その1
水の蘇州、寒山寺、拙政園
★水の蘇州★


NZ旅行の興奮冷め遣らぬままに「友の会特別企画」という名前に釣られて中国旅行に行く事となった。今回は僅か4日の旅であったが未だ行った事の無い「上海、蘇州、無錫」と歌好きの私にとっていずれも魅力的な響きだった又チョッピリ蘇州、無錫の地方の中国料理も魅力的だった。

成田空港をお昼過ぎに出る全日空ボーイング777は満席だった、僅か2時間5分の飛行距離はもはや外国と言う感覚は無い、最近のエコノミークラスはただ狭いだけで食事はとても良かった、サービスのワインを飲みながら時間を潰すまでも無く上海新空港に到着した。(空港の写真は未現像なので後で掲示します) この空港は9月にopenしたばかりの空港で広くまったくガランとして到着も我々の全日空のみで寒々としていた。イミグレーションも以前のような怠惰な雰囲気は可也改善されていた。

我々は待ちうけた現地のガイドと合流した,このガイドは巨人入りした「工藤投手」とそっくりな顔の若者で日本語も話せる感じの良い「毛 鉄平」という名の青年だった。
上海新空港は新しく上海の西の方1時間ほど行った所に作られたのでここからは蘇州は逆に近い事になる為か我々はすぐさまバスに乗り一路蘇州へと向かった、道路の方は空が何か濁っていたがこれが後になってスモッグだと知らされた、ここは上海からの列車の蘇州駅で最近どんどんと高速道路が開通されたのでバスが便利となったが昔は水路と伴に最大の交通手段だった、勿論今でも庶民の最大の交通機関である。

蘇州夜曲にも有るようにこの蘇州は運河と水路の発達した町で上海やその他の町からこのような大きな運河が町の中央に縦横に走っている、又それに繋がる小さな水路が町の隅々まで繋がっている、蘇州の街の風景には切り離せないのが入り組んだ水路で家の中から直に乗り移れるような構造になっている。

又街の中の大きな道路を除くと狭い道路が主でこのような道が多く、標識もはっきりしていない又、廻りはポプラ並木となっているこのポプラは下に白い薬が塗られていて耐寒と害虫予防をされている。我々が到着した夜、旅行会社の運転手も有名で大きな「南林飯店」を探すのに45分もうろうろする始末で皆から大いに顰蹙をかった、本当に酷すぎた私は前方で見ていたが同じ所を3回も通っていた、添乗員に「何で携帯で連絡して聞かないのだ!」という声がバスの中から呟かれた。お腹の空いた我々はチエックインの前に蘇州の地方中華食を食べたが期待はずれだった、この食事が一番悪かった。お陰で蘇州の夜景も見れたがやっとHOTELに着いた我々をまず迎えたのがこのクリスマスの文字だった。長旅で疲れた身体は夕食の時に飲んだビールの影響で早くも眠くなりベツトに就くや否やぐっすりと寝てしまった。

★鐘の寒山寺★

翌朝は良い天気だった、我々はまず漢詩と鐘で有名な「寒山寺」へと向かった。まず入口で迎えてくれたのが楓橋でこれを渡ると幸福になると伝えられている。建立は最初梁の天監年間(502〜519年)であったが何回も戦火に焼け今のものは清代末期と言われている。
寒山寺は唐代の詩人「張継」が作った詩「楓橋夜泊」で日本でも有名なお寺で中の売店でもお寺のお坊さんが書いたこの漢詩や絵画の色々な掛軸が人気を集めていた、中には本物の石に彫った漢詩が有って狭い所だが我々を迎えてくれた、どうやら最初のものは風化されたので再製されたようだ、奥にあるのがそれです。

建物の屋根に見つけたのはなんと孫悟空一同の瓦で中国でも人気が高いのは当たり前か、、又、扉にも古い彫刻が多く残っていて多少風化されているが見事な彫刻を沢山見ることが出来た。これも何かの物語なのだろう、その他このような金色の寒山拾得も見ることが出来た、有名な像らしい。鐘のある鐘楼はとても狭い階段を上がって行くことが出来る、鐘を3回撞くと願い事が叶うと言われるらしいバスの乗り場には例によって沢山のみやげ物を担いだ押し売り屋がしっつこく付きまとい、振り払う様にバスに逃げ込んで次へ向かった

★世界遺産の拙政園★

この拙政園はこの地方出身の役人が成功した後で作った自分の家が人民革命で国に没収されて公園となった所です園内はべらぼうに広く至る所に居室やら東屋やら東屋の様な建物がそれぞれ池の廻り、丘の上に配置されそれを彩るために無錫の太湖から運ばれてきた石灰岩を組み立てた石のオブジエで飾られていた。本当にそれ等が巧みに配置されていて時間が有れば一日掛かっても見きれない感じの公園でした。

この公園の近くに国営と言われる刺繍の専門店があり詳しい説明をしてくれた。
この蘇州の特産品でまず一番に上げられるのが両面刺繍といわれる、この両面刺繍普通刺繍は裏から見ると、見られないほどぐちゃぐちゃなものであるが両面刺繍はどちらから見ても同じ様に見える刺繍です、写真の様な張子で裏と表から同時刺して行きます、従って裏と表の糸を替えることで表と裏を違った柄にする事が出来ます、写真の猫も実は裏が金色の猫になっています、大変魅力的な工芸品といえます。

私達はこれ等の庭園に名残を感じながら別れを告げ、次なる目的地である東洋のピサの斜塔と言われる虎丘ヘ向かった。


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